記者の眼記者の眼

第230回 (2024年1月31日)

 アルガリという言葉を初めて目にしたのは、沢木耕太郎のノンフィクション「天路の旅人」の一節を読んでいた時だった。天路の旅人とは、第二次世界大戦の末期、ラマ僧に扮し中国大陸の深奥部に潜入した密偵・西川一美。194310月下旬、8年に及ぶ旅を始めたばかりの場面でアルガリが登場する。
 

 旅立ちの地は内蒙古のトクミン廟。西川は夜、本物のラマ僧3人の旅に同行する形で出発した。吹雪の中を56時間ほど歩いたと思われる地点で、初めての休憩をとるため一行はテントを立てる。この時、燃料としてテントの周囲で拾い集めたのが家畜の糞、アルガリだった。
 

 学会誌・沙漠研究(2015)に掲載された包海岩氏の論考によると、モンゴルの牧畜民は乾いた牛糞をアルガルと呼ぶ。さらに、1年以上経過して乾燥が進んだ牛糞はフヘ・アルガルと呼ばれるほか、排泄した季節や時期により様々な名称があるという。中国の内陸部などでは、古くから牛糞が燃料や建材などに利用され、生活と密接に結びついていることがうかがえる。
 

 今や牛糞は日本や欧米などでバイオ燃料の原料として注目度が高い。北海道では企業がロケット用液体燃料としての利用に挑む。脱炭素の時代を迎え、宇宙という天路でもその道行きにはアルガリ、あるいはアルガルが必携品となるかもしれない。時流からすれば英語圏のBullshitの立ち位置も変わり、「たわごと」などとする意味合いの再考に迫られるだろう。

 

 

(戸塚)

 

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