第268回 (2024年10月23日)
救命艇の葛藤 ― 高齢者に不都合な真実
今年の春、某野党の幹部がゼロ歳児にも選挙権を与える(親権者の代理投票)という考え方を提起した。Xへの投稿を手掛かりにすると、―日本が今後、さらに高齢化が進む中、子供は減り高齢者が増える。政治家は票田となる高齢者層に目を向ける。一方、長く生きるのは子や孫。高齢者の利益に偏った政治が続けば、未来に禍根を残しかねない―といったような危機感が背景で、ゼロ歳児・選挙権はその打開策のひとつらしい。
財政赤字や地球温暖化、原子力に関連する諸問題など世代を超えて超長期に影響を与える政策課題が増えている。この厄介な問題で先鋭化しているのが、世代間の利害対立。
慶応大学の小林慶一郎教授の著書「時間の経済学」によると、この対立は現代の民主主義の仕組みでは扱いにくい「ライフボート・ジレンマ」という問題になっている。理解しやすくするための説明では、―大海原を漂流する救命艇(ライフボート)が沈み始めており、乗船者のうち1人が退船して犠牲になれば沈没せず全員が助かる。誰も退船しなければ沈没して全員が死亡する―という構造を持つ問題がライフボート・ジレンマとされる。
ゼロ歳児・選挙権は実現するとしても、先のことになりそう。しかし、その間にも財政や温暖化など事態は悪化する可能性が高い。直面する問題だけでなく、長期的視点も踏まえた対策が益々求められている。「高齢者」入りが刻々と迫る我が身にとって不都合な真実ではあるけれど―。
(戸塚)